
スイーツジャーナリスト
江戸時代の安政6年(1859年)、岐阜・大垣に創業した「田中屋せんべい総本家」。現在は六代目の田中裕介氏が伝統の手焼き製法を継承し、のれんを守ります。一方で、新しいスタイルのせんべいの開発にも意欲的に取り組み、この「さんしょ煎餅」もその一つ。10年以上前、田中氏が初めて自ら創作した、思い出のある品なのだそう。
材料は、小麦粉、砂糖、卵、たまり醤油、飛騨山椒と、至ってシンプルです。
15年ほど前、創業時を見つめ直すように、使用する小麦粉を国産に戻した田中氏。せんべいの種類により使い分け、こちらには北海道産と岐阜産をブレンドして使用しています。
「たまり醤油」は、岐阜市の長良川近くにある「山川醸造」によるオリジナルブレンド。一般的な醤油は大豆と小麦で仕込みますが、主に東海地方に見られる「たまり」は、大豆100%で加水が少なく、時間をかけて熟成させるため、うま味が濃いのが特徴です。
色々と試した結果、山椒の香りの強さに負けず、焼いてもしっかり主張が残ることと、焦げの味がしすぎない点にこだわり、昔ながらの木桶で2年熟成させたものにしたそうです。
また、岐阜県高山市“奥飛騨”地域の限られた場所でしか採れない「飛騨山椒」は、徳川将軍にも献上された特産品。実は1房ずつ手摘みし、陰干し、日干しして種と皮に分け、注文分だけ、皮を杵でついて粉末にします。手間をかけてこそ得られる、深い緑色と素晴らしい香り。価格もそれに見合う一級品です。
そんな自慢の飛騨山椒にたまり醤油を加え、山椒が水分を吸いすぎないよう、当日の朝に生地と合わせてこねたら、すぐに焼くことも大切だそうです。
口にすると、歯応えはカリッと心地よく、ほのかな醤油の香ばしさがやさしい甘みを引き立てます。口から鼻に空気を通すように呼吸しつつ噛み砕くと、鼻腔の奥からふわりと広がる、「辛い」というよりも、柑橘のように爽やかな香り。そして微かに舌がじんとする痺れに、これが山椒か!と納得します。
最初に考えた頃は、舌がビリビリするほど山椒を利かせていたそうですが、今は少し量を減らし、より食べやすくしたそうです。ピリピリと奥ゆかしい余韻が残り、思わずまた食べたくなります。
日本茶とはもちろん、日本酒との相性も最高で、おつまみにもぴったり。辛党の方に、お好きなお酒と一緒にプレゼントにしてもいいですね。父の日にもお勧めしたい品です。
この「さんしょ煎餅」は、創業時の屋号であった「玉穂堂(たまほどう)」の名を冠し、田中氏が店の原点に立ち帰りながら、少しずつ増やしてきた創作せんべいシリーズの1つに仲間入りしています。
他にも色々な種類があり、食べやすい一口サイズや、ふんわりサクサクの食感も印象的。コーヒーやミント、ココナッツなどちょっと意外な素材に、黒胡麻やピーナッツやかぼちゃの種入りなど、新感覚でどこか懐かしいおせんべいが揃うので、色々と食べ比べしてみてください。