長く愛され続ける「老舗の定番」をご紹介するこの連載。第二回目は、東京・世田谷区の瀟洒な住宅街にある人気洋菓子店で、創業以来のロングセラーとして知られるロールケーキをご紹介します。
箱にも品格漂う、懐かしのバタークリームのロールケーキ
小田急線の成城学園前駅近くの洋菓子店「成城アルプス」。1965年の開業以来、多くのお客様に愛されてきた老舗です。現在は、ヨーロッパで修業された2代目の太田秀樹シェフが社長を引き継がれ、シェフパティシエを務めていらっしゃいます。
お店を代表する伝統の「モカロール」は、コーヒー味の生地でコーヒー味のバタークリームを巻いたロールケーキ。お店のホームページのオンラインショップで注文できるのは、長さ約16cmのMサイズと、約24cmのLサイズ。なお、店頭ではSサイズも販売されています。

実は、このホールサイズの箱を彩るクラッシックな品格の漂う絵柄は、画家・東郷青児氏の作品を原画としたもの。店舗2階のサロン席には、創業当初に、画伯がお店のために制作した絵画作品も展示されていて、何とも洒落た空間です。
甘すぎずキレのある味。そのルーツは先代の修業店にあり

「モカロール」の歴史を紐解くと、太田シェフのお父様が修業された、今は無き名店「エス・ワイル」が原点だといいます。ここは、1927年開業の「横浜ホテルニューグランド」の初代総料理長サリー・ワイル氏の名を冠した店。彼の下でベーカリーシェフを務めた大谷長吉氏が、1955年にオープンした菓子店でした。
ドリップコーヒーとシロップを合わせた自家製コーヒー液を加え、味を出しているそうです。程よいほろ苦さで、やさしい味わい。バタークリームの塩味の効かせ具合が印象的で、甘さを引き締めたこの加減が、男性にもファンの多い所以と言えるでしょう。
生地がかなり薄いため、巻き回数が多く、美しい渦巻きを描く緻密な断面が特徴的です。焼き加減を見極めるのも難しく、まさに熟練の職人の技。さらに、配合のうえでも、焼いた面を中側にして巻くという製法も、表面がとても乾燥しやすいそう。そのため、ショーケースに並ぶカットサイズのものは表面に粉糖を振ってあり、配送品は透明のフィルムで包み、乾燥を防ぐ配慮がなされています。
食べるタイミングと温度による変化も楽しんで

太田シェフ曰く、製法自体は創業当初から変わっていないものの、実は、マイナーチェンジをしてきているのだそうです。老舗の味というのは、「変わらないから美味しい」のだと思いがちですが、見えないところで試行錯誤を重ねているからこそ、世代を超えて長く愛される品となり得るのですね。
冷蔵庫から出してすぐは、バタークリームがひんやりして、全体にきゅっと締まっていますが、少し常温に置いておくと、クリームもやわらかく、生地もややなじんできます。太田シェフご自身は、常温に置いて全体にやわらかく、香りも立ちやすくなった状態がお好きだそうです。
長年愛されてきたお店の看板商品。ちょっとレトロで懐かしい味わいが、一緒に食べる時も皆を笑顔にしてくれて、会話もはずむことでしょう。


スイーツジャーナリスト